今求められる、リスクに強いテスト戦略とは

日本企業が基幹システムのモダナイゼーションを進め、DevOps を導入し、マルチクラウド戦略を採用する中で、ソフトウェアテストの重要性と複雑性はかつてないほど高まっています。
QA(品質保証)は、もはや単なる機能確認のプロセスではありません。運用リスクの管理、コンプライアンスの確保、そして高速かつ信頼性の高いリリースを実現するための中核的な役割を担っています。
しかし、従来型のテストアプローチ—手動テストやUIチェック、ウォーターフォール的なフェーズごとのQA実施など—では、最新のシステム構成や開発スピードに追いつくことが困難です。
デジタルトランスフォーメーションの進展に対応するには、テストも進化が求められます。すなわち、スケーラブルでリスクに整合した形で、ソフトウェアライフサイクル全体に統合されたテスト戦略が不可欠となるのです。
目次
エンタープライズITにおけるテストの進化する役割
テストは「工程」ではなく、継続的なコントロールメカニズムへ
従来の企業開発において、テストはリリース直前に実施される最終確認のプロセスと見なされてきました。しかし、今日の企業システムは動的かつ複雑で、複数のチーム・環境・サービスにまたがって日々変更されるのが当たり前です。そのような環境下では、開発後に一度だけ行うテストでは不十分です。
2025年現在、テストはシステム設計、開発、統合、運用と密接に連携した継続的なプロセスへと進化する必要があります。
QAは「動作するかどうか」だけでなく、「安定しているか?」「スケールできるか?」「セキュリティは万全か?」といった観点もカバーしなければなりません。
日本企業にとって、この変化が重要な理由
日本企業では、ERP、CRM、独自ミドルウェアなど、長年にわたって運用されてきたカスタマイズ済みの基幹システムが多数存在しています。こうしたシステムが、クラウドAPIやモバイルフロントエンドなどの最新技術と統合されることで、ハイブリッドなアーキテクチャが一般化しつつあります。
このような構成においては、単純なブラックボックステストではなく、階層的で精緻なテスト戦略が必要です。
例えば:
- オンプレミスのSAPからSAP S/4HANAクラウドへ移行する製造業グループでは、レガシー統合と新しい業務フローの両方を網羅したテストが求められる
- 東南アジア市場へ展開する日本の物流企業では、国ごとの業務ロジックに基づいたローカライズ対応の検証が必要であり、単なる標準テストスクリプトでは不十分
このように、テストの役割は単なる動作確認ではなく、現場と密接に連携するシステムにおいて、障害を未然に防ぐためのプロアクティブな手段として捉える必要があります。
バグ検出だけではない、リスクマネジメントとしてのテスト
現代のテスト戦略では、以下のような観点も欠かせません:
- 変動する負荷下でのパフォーマンス検証(例:物流の繁忙期)
- 複数システムにまたがるデータ整合性(例:受注→在庫→請求)
- 外部APIやサードパーティ連携におけるセキュリティ
- 内部統制・外部監査への対応(例:SOC2、ISO)
このように、QAは実運用におけるリスクの可視化ツールとしても機能し、特に金融、保険、医療、公共機関などの規制業界においては、その重要性がさらに高まります。
これらを踏まえた新たなテスト戦略は、階層化・自動化・ビジネスリスクとの整合性を前提とする必要があります。
次のセクションでは、こうした戦略をどのように設計すべきかを詳しく解説します。
リスクに基づいた階層型テストアーキテクチャの設計

現代のエンタープライズシステムは複雑化が進んでおり、単一のテスト手法だけでは十分な品質保証を実現できません。
UI、API、バックエンドロジック、データ、外部連携など、各レイヤーにはそれぞれ異なるリスクプロファイルが存在します。
そのため、リスクに応じた階層型テスト戦略の構築が不可欠です。
すべてを同じ方法でテストするのではなく、「どこにリスクがあるか」に応じてテスト手法を適切に設計する必要があります。
なぜ階層化が重要なのか
日本企業では、長年にわたりカスタマイズと機能追加を重ねた複雑に統合された業務システムが多く存在します。
たとえば、SAPの価格ロジックを変更しただけでも、複数部門にまたがって予期せぬ影響を及ぼすケースもあります。
このような状況で、階層型テストを導入することで、それぞれのレイヤーに最適なテストを適用し、リスクの封じ込めが可能になります。
実例:日本の大手小売グループのケース
ある国内大手小売企業では、100店舗以上にわたるPOSロジックと倉庫データ同期の両方を検証する必要がありました。
従来のような手作業によるエンドツーエンドテストでは工数も時間もかかりすぎるため、以下のように階層に応じたテスト戦略を採用しました:
- 店舗データの同期には API契約テスト を適用
- 業務ルールの検証には 回帰テストの自動化
- 注文ピーク時の耐性には パフォーマンステスト
避けるべきこと
UIテストやフルE2Eフローに過度に依存すると、速度が遅く、壊れやすく、保守コストが高いテスト環境になりがちです。
理想的なのは、テスト対象をリスクに応じてスマートに分散させ、
本当に価値のある部分にだけ自動化を導入すること。
ビジネスに対する影響度が高いレイヤーに、最もリソースを集中させる戦略が有効です。
自動化で広げるテストカバレッジ
日本企業の多くが、レガシーシステムとモダンアプリケーションの混在環境を抱えています。
このような環境での課題は、「テストを自動化すべきかどうか」ではなく、「どこを・どれだけ自動化するか」です。
テストを過剰に自動化すれば保守コストがかさみ、逆に自動化が不十分だとリリースが遅れます。
成功する自動化戦略には、以下の2つの原則が重要です:
✅ 業務上クリティカルな処理フローにフォーカスする
✅ ROIの高いレイヤーから自動化を進める
自動化が失敗する理由(とその回避策)
よくある落とし穴として、「自動化そのものが目的になってしまう」ケースがあります。
大規模なUI自動テストスイートを構築しても、動作が不安定で遅く、保守も困難。
結果として、実際の品質保証にはほとんど寄与しないことも。
そこで重要なのが、リスクベースの自動化戦略です。以下の問いを立てましょう:
- 不具合の発生率が最も高いのはどこか?
- リリースを最も遅らせているテストレイヤーは?
- 本番環境でよく問題になる処理は?
実例:日本の大手保険グループのケース
ある大手保険会社では、保険金請求処理に200件以上の手動テストケースを使っていました。
しかし、リリース後の不具合の70%は、少数のAPIとデータベース関連の障害に集中していました。
そこでテスト戦略を見直し、以下を実行:
- 保険ロジックに関する APIテストを自動化(既知の障害の80%をカバー)
- 書類・メールの出力には スナップショットテスト を活用
- UIのイレギュラーケースは 手動QAでカバー
その結果、本番環境での障害が40%減少、回帰テストのサイクルが2倍速に短縮されました。
どこから始めるべきか
- まずAPIから自動化
→ テストが高速・安定しており、ビジネスロジックに近い
- スナップショットで出力確認
→ レポートや顧客通知など、構造化された出力の検証に最適
- テストオーケストレーションツールを活用
→ 依存関係の管理や並列実行で効率化を実現
- ROIをモニタリング
→ 実行時間、保守コスト、障害検知率を定量的に評価する
自動化の目的は「作業を減らすこと」ではなく、「リスクに対して効果的にテストを行うこと」です。
テスト対象の選定と優先度を見極めることが、持続可能かつ実践的な自動化の鍵になります。
テストを協調的かつ継続的にする

現在のエンタープライズ環境において、テストを1つのチームだけで完結させることはできません。システムの複雑化やアジャイル・DevOpsの導入により、品質は開発者、QAエンジニア、運用担当者、そしてプロダクトマネージャーを含む全メンバーが共同で担うべき責任となっています。
特に日本企業では、明確な役割分担を重視する組織文化が根付いていますが、ソフトウェアをより迅速かつ安全に構築するためには、こうした境界線を柔軟に再定義していく必要があります。
「引き渡し型」から「共同責任型」へ
従来のテストプロセスは、ウォーターフォール型に沿って次のように進みます:
- 開発者がコードを記述する
- QAがそのコードを受け取り、テストを実施する
- 不具合をまとめて開発者に返す
このようなモデルでは、フィードバックループが長くなり、問題の可視性も限定されてしまいます。
それに対して、DevOpsを前提としたテスト戦略では、次のような取り組みが求められます:
- シフトレフト:開発者自身がユニットテストや統合テストの作成・管理を行う
- テストをコードとして扱う:QAが自動テストスイートにリポジトリ経由で貢献する
- 本番環境でのモニタリング:運用とQAが協力して、早期に問題を検出する
- 生きたドキュメントの維持:テストコードがシステムの最新状態や変更内容を反映する
実例:日本のフィンテック企業のケース
ある日本のフィンテック企業では、QAエンジニアを各スクラムチームに組み込む体制を採用しました。
開発者がAPIやユニットテストを担当し、QAは上位レベルのシナリオや探索的テストに注力しました。
また、以下の情報を可視化する共有ダッシュボードも導入しました:
- テストカバレッジの推移
- 不安定なテストの検出
- デプロイ準備状況の可視化
その結果、ホットフィックスの頻度は50%削減され、リリースサイクルの予測性が大幅に向上しました。
実践に向けた第一歩
- チーム全体で共有できるテスト用リポジトリを構築する
- パイプラインの各段階におけるテストの責任範囲を明確にする
- テストステータスや安定性を可視化するレポートを自動化する
- 品質指標をチーム間で共有し、定期的なレビューを実施する
2025年以降のテスト戦略における優先事項
テストは、今やエンタープライズの俊敏性とレジリエンスを支える中核要素となっています。日本のITリーダーたちは、従来の「不具合を見つけるための品質管理」から、将来を見据えたリスクベースの戦略への転換を迫られています。
本章では、2025年以降の成功を左右する4つの主要なテスト優先事項をご紹介します。
モジュール型で柔軟なテストアーキテクチャ
多くの日本企業は、オンプレミス、クラウドネイティブ、コンテナ環境を組み合わせたハイブリッド構成を採用しており、従来の固定的なテスト構成はすぐに時代遅れとなります。
求められるのは、モジュール化されたアプローチです。テストスイートはサービス単位で分割でき、CI/CDパイプラインに簡単に統合でき、環境間で再利用可能であるべきです。RESTful API、非同期メッセージ、バッチ処理、レガシーI/Fなど、さまざまな技術に対応できる柔軟性がQAチームには必要です。
データに基づく品質インサイト
最適化の鍵は「測定」です。単なる合否の結果にとどまらず、トレンドやリスク、優先順位を把握できる指標にフォーカスすべきです:
- バグの流出率:本番環境に流出した不具合はどこで生じているか
- テストの不安定性指標:再現性のないテストがレビュー工程にどれだけ影響しているか
- 検知時間と修正時間:品質問題の発見から解決までにかかる時間
- 業務機能別のカバレッジ:重要な業務フローに十分なテストがされているか
日本企業のように組織が明確に分化された環境では、こうした可視化が部門横断的な計画と責任の明確化に大きく貢献します。
セキュアでコンプライアンス対応のテストパイプライン
データプライバシーやガバナンスの規制強化が進む中で、テスト環境もコンプライアンスを前提に設計する必要があります。特に金融・保険・医療といった業界では以下の対応が求められます:
- テストデータの匿名化または合成データの使用
- テスト実行時の機密データマスキング
- テスト実行・変更の監査ログの保存
これらを支えるテストデータ管理プラットフォームの導入は今や標準的です。日本国内でも「デジタル信頼(デジタルトラスト)」への関心が高まっており、緊急度の高い優先事項といえます。
AIによるテスト設計・保守の支援
AIは本番システムだけでなく、テストプロセスそのものにも大きな変革をもたらしています。2025年には以下のような領域でAI活用が進むと見込まれます:
- リスクベースのテスト計画:過去の障害データから故障の多いモジュールを予測
- テストケース生成支援:コード変更差分や要件定義からテスト候補を提示
- 自己修復型オートメーション:UI変更時に自動的にテストスクリプトを更新
- 異常検知:ログや履歴から異常動作や逸脱を検出
これにより、保守負荷を大幅に削減しつつ、より迅速で正確なフィードバックが可能になります。
上記4つの優先事項は、単なる未来のトレンドではなく、実際に日本のエンタープライズが今直面している課題に基づいています。テスト戦略において「柔軟性・可視性・セキュリティ・インテリジェンス」を優先することは、2025年以降の成功に不可欠です。
エンタープライズテストの近代化をご検討中であれば、CMC Japanがその道のりを支援いたします。